介護業界の未来予想図

 介護業界の未来予想図はおそらくしかるべき研究機関で秀逸なものが描かれているのかもしれない。但しこの時代の2年前のアイデアはすでに陳腐化する可能性もあるし、

現在のものがまた2年後には前提がひっくり返ることもあり得る。

 ここ2、3年はの未来年表なるものがいくつかの異なる機関から提示され話題となってはいるが、これらはあくまで大分類的な予測なので、介護分野にフォーカスすると

団塊の世代後期高齢者になる2025年に介護給付は21兆円になる」とか、「2018年に介護職の大量離脱が起きる」などのコメントにとどまっている。

 

 サービスロボットと産業用ロボットの割合が2020年には同じになり、あらゆる生活の局面に実用化されるというザックリとした予測はいいとしても、その時の介護施設がどのように変化しているかのイメージはまだ見たことも聞いたこともない。

 

 何にせよ今エンジニア達が、IT技術の将来に対する共通したイメージは、エンジニアでさえ仕事が奪われるレベルまで自動化されていく、というものだろうと感じられるのだが、実際それがいつ起こるかは非常に予測がむずかしいと思う。但しあるポイントから相乗的に加速するのは確かなので、介護というITとはかけ離れた領域でも「自動化」

「最適化」が最終的には達成されるのは間違いない。

 

 具体的な介護施設あるいは介護そのものの未来予想イメージの作成に関しては、そこには様々な分野のひとたちが関わることになるのだが、はじめはやはりSF映画のようなアプローチで出来上がったりするだろう。

 なんといっても現状の最先端技術から想像するしかないのだが、2030年の予測を2017年に行うのと1980年に行うのでは当然精度は違うわけで、いまならそこそこイイ線で予測できるはずだ。

 話はそれるが、映画「ブレードランナー」の設定は2019年で、すでに車が垂直に動いているが手動運転であり、アンドロイドに宇宙探査をさせているがそのアンドロイドは人間そっくりのかたちをしている。この頃のSF映画というのは今の世代にとっては突っ込みどころ満載なのだが、そのときは誰もが当たり前に楽しんでいたのである。

 

 誰が予測するにしても、その未来予想図に合わせて開発をすすめていくとなると、映画のように無責任に想像するわけにはいかなくなってくる。そこで誰がどのように未来図を描かなければならないのかという問題になるのだが、シンプルに考えればたった2つの条件を満たした人たちに任せればよいと思う。

それは

  ① 介護の現場を熟知している。

  ② 最新の技術を把握しており、またその技術の将来的な進捗度を予測できる。

 

 この2つの条件を同時に満たしている人たちが議論し、どう活用させるか予測し

それをイメージ化すればイイわけだ。但し、②の人が①の人からヒアリングをして絵を

描くと間違いなく失敗する。

 

例えば、介護業務のなかで排泄介助があるが、優秀なエンジニアが何人か100名くらいの排泄介助を実際体験したうえで、議論すれば排泄介助に対するある程度の着地点をみつけることは可能だ。そこから遡及的に幾つかのプロジェクトを立ち上げれば、介護のなかの「排泄介助」というカテゴリの業務のロボット代替にむけて進捗し始める。

 入浴介助、食事介助、その他の身体介助、見守りやレクリエーションなど他のカテゴリも同様だ。

 

 しかし乍らタダでそんなことをやろうという奇特なエンジニアはまずいない。

そのようなプロセスで開発をすすめようとするIT企業も今のところ存在しない。

あくまで自社の既存商品をベースにロボット化、IoT化を図ろうとしているので

おそらくユニットとしての介護の自動化は個々の商品が出尽くしたあとにやはり

個々の寄せ集めでは使いずらい、機能しないとなってから改めてやり直しする

可能性が高い。

 

 ただし、自動車業界のように国が何兆円も予算をあてればもちろん可能だ。

「3ヶ月で1000万出すからみっちり介護施設でデータを収集しろ」といえば

喜んでやるエンジニアは出てくると思うが、現状ありえない話である。

 

 このような仕事を担えうる人材どこにいるのだろうと考えたとき、ふと思いついたのが、リタイヤまたはセミリタイヤしたシニア世代のエンジニアたちだ。

 

 なんやかんや言っても現状はエンジニア不足なのでエンジニアの高齢化も

すすんでいるようだし、フリーランスが多い職種なのであまり定年に縛られない

とも思うが、さすがに60過ぎてバリバリ現役のプログラマーとかは少ないと

思うし、SEにせよSIにせよ急激な進歩に体がついていかないから同様だと思う。

しかしその急激な変化は十分理解できる能力を保持しているし、紛れもなくエンジニアの視点で介護労働というものを分析できる人材だ。それに自分の親やひいては自分自身

ともまったく他人事でない世界の話でもある。ターゲットが20年後だとすると

まさに自分たちの切実な問題でもある。

 

 ここに人材調達のポテンシャルがあるのではないか?

 

「未来の介護を創造する」といえば、壮大な計画に聞こえるが、趣味の延長線上で

気楽に議論し合えるコミュニティのようなものをまずつくるのがスタートラインに

なると思う。もちろんこの時点で金はかからない。

 

 但しネットのコミュニティがある程度醸成されてくれば、実際に顔を合わせて議論

するのが次のステップである。その議論から納得のいく絵が描けたときにいよいよ

実験の場が実際に必要となり、そこではじめて何らかの費用が発生することになる。

 

 大手企業のラボのような設備など必要はなく、例えば閉店したコンビニを再利用

したものでもなんでもいいと思っている。規模によるが、要は自分たちが勝手好きな

ことができる、趣味のガレージのような、DIYの工房のようなワークショップでいいのではないか? そこはあくまでフリーな立場で参加できる(いわゆる上部組織を持たない=制約を受けない)人の集まりで始めればよいと思う。

 多分その過程のなかで色々な人が出たり入ったりしていくだろうが、それはそれで

いいと思う。要は「発注者は自分たちである。」という概念が一番ちかいだろうか。

 

 但し、運良く進捗していけば、やがて作業は細分化され個々のプロジェクトに

なっていくので、そうなった段階でプロジェクトチームとしてのまとまりは担保されなければならないだろう。 そこにたどり着くまでは、部分的に激しい衝突が起こったとしても基本 楽しく協働できるのではないだろうか。この段階では納期というものが

あってないようなもの(約20年後?)なのでその点のプレッシャーはないといえる。

 

  とにかくこのような人たちを早期に集めて、より具体的で現実味のある

介護の未来予想図を描くことからはじめないと、実現にむけた着手も相当遅れてしまうのである。